「鉄路あるところ、ハチロクの機影見ざるはなし」と称された8620形式蒸気機関車は、
大正3年(1914)から製造が始まった「国産初」の量産型旅客用蒸気機関車です。
軸配置 | 1C (モーガル) |
弁装置 | ワルシャート |
全長 | 16765mm |
全高 | 3,785 mm |
機関車運転整備重量 | 48.83t |
動輪直径 | 1600mm |
最大軸重 | 13.5t |
シリンダー・直径×行程 | 470×610mm |
蒸気圧 | 13kg/cu |
火格子面積 | 1.63u |
最大出力 | 630ps |
炭水車形式 | 6-13 |
製造年 | 1914(大正3)年 〜 1929(昭和4)年 |
製造数 | 672輌+樺太庁鉄道向け15輌 |
製造所 | 汽車製造、川崎車両、日本車輌、日立製作所、三菱重工 |
明治末期に輸入された8700・8800・8850形、8900形(2C1)を元に、
当時の輸送状況にあった旅客用蒸気機関車の国産化計画が持ち上がり、
ドイツ・シュワルツコッフ製の8800形を参考にして設計されました。
先台車は、島安次郎が考案した「島式」といわれる方式が設けられました。
先輪と第1動輪を特殊な連結棒で結び、先輪の動きに合わせて
第1動輪に32mm横に動かせる隙間を与える特殊構造があります。
これで高速での曲線通過性能を良くして、半径80メートルの曲線通過でも可能にできたのです。
また初期のハチロク(24両か52両とも言われる)キャブ(機関室)にS字形の形態が見られますが、
後々の改良設計等で現在の形態になっています。(青梅鉄道公園の8620が代表的な造りです。)
(青梅鉄道公園パンフレットより)
完成後は主要幹線に配備された後、全国各地の幹線、地方線で幅広く使われました。
昭和30年(1955)までの廃車は20輌前後くらいで、殆どが蒸機終焉まで残り、
昭和50年(1975)3月10日迄湯前線で使用された一両が最後となっていました。
ハチロク(8620形蒸気機関車)は80進法で繰り上がる番号の付け方をしています。
8620が一号機として始まり、80番目が8699、81号機が18620となります。
この公式は(万位の数字×80)+(下二桁の数字-20)+1となり、
58654は(5×80)+ (54-20) +1=435両目となります。(ちなみに最終番号は88651)